PTA適正化推進委員会
2025年11月30日
一般社団法人 全国PTA連絡協議会(全P)のQ&Aでは、次のような記述が見られる。
「例えば、学校が『生徒指導カード』等の書面により個人情報を収集する際に、その書面に留意事項として、学校関係団体に提供する個人情報の種類(名前、住所、連絡先等)及びその利用目的(学校関係団体における名簿の作成、役員間の連絡、役員・委員の選定、会費徴収に係る事務手続き等)を具体的に明記するとともに、当該個人情報の提供に係る本人の同意の有無を示す図(チェック)欄を設けることなどが求められます。」全日本PTA連絡協議会HP当該箇所
一見すると、個人情報保護法に沿った「第三者提供の同意取得」のように見える。[1]
しかし、ここで想定されているのは、児童・生徒が全員提出する「生徒指導カード」等(純粋に教育目的で収集される書類)に、PTA等「学校関係団体」への第三者提供同意欄を抱き合わせるというスキームである。
本研究ノートは、PTA適正化推進委員会の立場から、次の結論を示す。
個人情報保護法上、形式的には「有効な同意」があれば第三者提供は可能とされるが、
学校が公教育のために収集する全員提出書類に、PTAへの第三者提供同意欄を組み込む実務は、
法の趣旨・教育の中立性・学校とPTAの独立性に反し、採用すべきではない。
その根拠を、個人情報保護法の「自由な同意」概念と、いわゆる「踏み絵方式」批判、さらに学校とPTAの制度的な位置づけから整理する。
個人情報保護法は、個人データを本人の知らないところで回されることを防ぐため、第三者提供を原則禁止し、「本人の同意」を例外的な正当化事由として位置づけている(第三者提供の制限)。[1][11][14]
公立学校は地方公共団体の一部として、「保有個人情報の第三者提供」を原則行わないことが求められ、例外として
法令に根拠がある場合
本人の同意がある場合
などに限って提供が認められる、という構造である。[3][4]
もっとも、ここでいう「同意」は、単にチェック欄に✓が付いていれば良いという形式的なものではなく、有効な同意でなければならない。
個人情報保護委員会のガイドライン(通則編)は、「本人の同意」について、概ね次のような要件を示していると解される。[2][14]
本人の自由な意思に基づくこと(任意性)
何について同意するのかが具体的に特定されていること(特定性)
曖昧でなく、明確な意思表示であること(明確性)
提供の前に得られていること(事前性)
いつでも撤回可能であること(撤回可能性)
また、厚生労働省の雇用分野ガイドラインも、使用者と労働者のように「優越的な地位」にある関係では、同意が形式的なもので終わりやすく、「自由な意思」に基づく同意が確保されにくいことを指摘し、安易に「同意」に依拠しないことを求めている。[5]
学校と保護者の関係も、構造的にはこれとよく似た「優越的地位」の関係であり、単に同意書面があるからといって直ちに任意性が担保されるわけではない。ここを直視しない「同意スキーム」は、法の趣旨から外れる。
PTA適正化推進委員会として、今回の論点で最も重視するキーワードは以下の2つである。
「同意取得プロセスの分離」
「同意しないことの告白」を強要する「踏み絵方式」の禁止
生徒指導カード・緊急連絡票などは、
提出しないと授業運営や安全確保に支障が出る
実務上、100%提出が求められる
といった性質を持つ「公教育に必須の書類」である。
一方、PTAは社会教育法上の社会教育関係団体であり、入退会は保護者の自由意思に委ねられた任意団体である。[6][7]
この両者の性格の違いを無視し、
「生徒指導カードは全員提出です(教育目的)」
「同じ紙にPTAへの情報提供同意欄も付けておきます(任意団体への協力)」
という「抱き合わせ方式」を採ると、保護者は事実上こう感じざるを得ない。
「ここに✓しないと、学校に妙な目で見られるのではないか」
「PTAに非協力的な親だと思われるのではないか」
これは、「同意しない自由」を心理的に封じる構造であり、任意性を欠く「同意」と評価される危険が高い。
さらに問題なのは、多くの場合、この同意が学校あての公的書類を通じて行われることだ。
「PTAへの個人情報提供に同意しません □」
「PTAに入会しません □」
という欄は、学校に対して
「私はPTAに協力しない保護者である」
と「告白」させる役割を果たす。これは、まさに宗教で言うところの「踏み絵」に近い構造である。
外形的には「選択肢が2つある」ように見えても、
実際には、「不同意」や「非入会」のチェックを押すこと自体が不利益・レッテル貼りのリスクを伴う
という状況では、「自由な同意」とは到底言えない。
教育委員会の中には、「学校からPTAへの個人情報提供は原則禁止」「PTAは入会届で自ら取得すべき一択」と明確に示すところも出てきている。[4][8][10]
これはまさに、「踏み絵方式」の危険を踏まえた運用変更と理解できる。
今回の「生徒指導カード+同意欄」方式と同根なのが、PTA入会届のうち、
「入会する」
「入会しない」
の両方にチェック欄を設け、しかも 担任教師が回収 → 学校経由でPTAへ渡す という運用である。
この方式では、
非会員であること(=PTAに協力しないという思想・信条に近い情報)が、学校組織の中でリスト化され得る
「非会員リスト」がPTAにそのまま渡されることで、「あそこの家庭は入っていない」と特定可能になる
という二重の問題が生じる。
個人情報としての問題(第三者提供・目的外利用)[3][4][9]
憲法上の結社の自由(入会しない自由)に対する萎縮効果
の双方から見て、極めて慎重な検討を要するスキームである。
PTAが任意団体である以上、「入会する人だけが、PTAに直接入会届を出す」のが、本来あるべき姿である。
「入会しない」という情報を学校が取りまとめる必要も、PTAが把握する必要もない。
ここで改めて確認したいのは、
PTAは、本来、自ら入会申込書で会員情報を取得・管理すべき任意団体であり、
学校名簿・生徒指導カードに依存する必然性はない
という大原則である。
PTAは、社会教育法上の社会教育関係団体として、学校から制度上独立した団体である。[6][7]
その会員との法律関係(入会・退会、会費徴収など)は、本来PTAが当事者として直接形成すべき私法上の関係である。
この観点からすると、
学校が持つ名簿を前提にPTA名簿を作る
「PTAが名簿を確定するまで学校名簿を貸す」といった運用
は、そもそも業務設計として誤っている。
さらに、各地の教育委員会や監査機関は、
「学校からPTAへの個人情報提供は原則として行わないこと」
「PTA会費を学校預り金として扱うべきではない」
といった指針や監査指摘を出しつつある。[10][13][15]
これは、PTAが学校の公的な会計・名簿システムに「ただ乗り」することのリスク・不公正さが、制度的にも認識され始めていることを意味する。
社会教育法は、PTAを含む社会教育関係団体について、
行政が支援・連携する余地を認めつつも、
不当に統制・支配してはならない
という趣旨を掲げていると解される。[6][7]
もし学校が、
PTAの会員勧誘・管理
PTA会費の徴収
PTA名簿の作成・更新
に深く関与し続ければ、結果として「学校がPTAを組織的に管理する」構図になり、社会教育法の趣旨(自発性・自主性の尊重)とも整合しなくなる。
地方公務員法は、職員に対し勤務時間中の職務専念義務を課している。PTA会費の徴収や名簿作成は、本来、教員の「公務」とは別次元の任意団体事務であり、継続的・恒常的に学校職員が担うことには大きな疑義がある。[12][15]
また、地方財政法や各自治体の会計規則は、
公金の収受・保管・支出は、法令と予算に基づき厳格に行うこと
を求めているところ、複数の包括外部監査で、
PTA会費を学校預り金として扱っている
PTA会費の収納事務を学校職員が公務の一環として行っている
ことが問題視され、「改めるべき」と指摘された例もある。[13][15]
個人情報の提供の問題は、こうした
公務と任意団体活動の峻別
公金と私的会計の区別
という、より広いガバナンスの文脈の一部でもある。
個人情報保護法の条文だけを字面で追えば、
「本人の有効な同意があれば、学校からPTAへの第三者提供は形式上は可能」
という結論にはなり得る。
しかし、
PTAは、自ら入会申込書で会員情報を取得・管理すべき任意団体であり、学校名簿への依存は本来不要であること、
公教育に必須の全員提出書類と、任意団体への情報提供同意を抱き合わせることは、「自由な同意」の任意性を損ない、「同意しないことの告白」を強いる踏み絵方式となること、
これは個人情報保護法の趣旨(自己情報コントロール権・自由な同意)だけでなく、教育の中立性・学校とPTAの独立性、公務と任意団体活動の分離という他の法原則とも整合しないこと、
各地の教育委員会や監査機関も、学校からPTAへの個人情報提供や会費収納について「原則禁止」「慎重な取扱い」を明示しつつあること
を総合すれば、
「生徒指導カード等の全員提出書類にPTAへの第三者提供同意欄を設ける実務は、
法的に可能かどうか以前に、制度趣旨から見て採用すべきではない」
という結論が導かれる。
PTA適正化推進委員会としては、
1.同意取得プロセスの分離
学校が収集する教育目的の個人情報と、PTAが取得すべき会員情報は、書面・プロセスを完全に分離すること。
2.踏み絵方式の禁止
学校あての公的書類の中で、「同意しない」「入会しない」といった意思表示を強いる方式は避けること。
3.PTAの自立した情報取得
PTAは自ら入会届(=個人情報取得の同意書)を設計し、PTA宛に直接提出してもらう方式に移行すること。
を、全国的な共通原則として提案する。
本研究ノートで示した問題提起は、特定の学校やPTAを糾弾することを目的とするものではありません。
私たちPTA適正化推進委員会が願っているのは、あくまでも
子どもたちが安心して通える学校環境、
保護者が萎縮せずに自分の考えを表明できる関係性、
教職員が本来の教育活動に専念できる制度設計
が、全国どこでも当たり前になることです。
そのためには、PTAの「存続」か「廃止」かという二者択一の対立ではなく、
任意性の徹底
個人情報やお金の扱いの透明化
学校とPTAの適切な距離感
を、一つひとつ丁寧に見直していく対話が必要だと考えています。
全国の保護者、教職員、教育委員会、そしてPTA役員として奮闘されている方々が、本稿を一つの材料として活用しながら、それぞれの地域でよりよい形を模索してくださることを、心から願っています。
PTA適正化推進委員会は、今後も法令・制度の観点から情報を整理し、建設的な議論と改善のための資料を提供し続けていきたいと考えています。
[1] 個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)概要
個人情報保護制度の趣旨や法第1条(目的)、第27条(第三者提供の制限)等へのリンクを含む公式解説ページ。
URL:https://personal-info.e-gov.go.jp/contents/about-personal-info
[2] 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」
同意の要件(任意性・特定性・明確性・事前性等)や、第三者提供の考え方を示した基本ガイドライン。
URL:https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_tsusoku/
[3] 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(行政機関等編)」
学校・教育委員会など公的主体が個人情報を扱う場合の詳細なルールを示したガイドライン。
URL:https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_administrative/
[4] 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのQ&A(行政機関等編)」
行政機関による個人情報の第三者提供・同意の任意性などについてのQ&A集(PDF)。
URL:https://www.ppc.go.jp/files/pdf/202403_koutekibumon_qa.pdf
[5] 厚生労働省「雇用管理分野における個人情報保護に関するガイドライン」
労働契約の場面で「同意を事実上強制する」ような取扱いが問題になる具体例を含むガイドライン。
URL:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000194169.html
[6] 倉敷市「社会教育関係団体とは(社会教育法第10条・第12条の解説)」
社会教育法第10条にいう「社会教育関係団体」の定義と、行政からの不当な支配を受けないこと等の趣旨を整理した解説。
URL:https://www.city.kurashiki.okayama.jp/3670.htm
[7] 日本PTA全国協議会「PTAの法的側面」
PTAが学校教育法・社会教育法に定める公的組織ではなく、任意の民間団体であること等を整理した解説。
URL:https://zen-p.net/sp/p401.html
[8] 日本PTA全国協議会「個人情報保護法の改正に伴う対応について」(会員名簿等の取扱い)
PTAが自ら会員から直接情報を取得し、名簿を作成・管理する際の留意点を示した資料(PDF)。
URL:https://www.nippon-pta.or.jp/files/original/20220620124815819c073927e.pdf
[9] 個人情報保護委員会「会員名簿の作成に関する注意事項」
団体が会員名簿を作成する際の、同意取得や目的外利用の禁止等についての注意事項(PDF)。
URL:https://www.ppc.go.jp/files/pdf/meibo_sakusei.pdf
[10] 東京都府中市立南白糸台小学校PTA「学校側がPTAに個人情報を提供することについて・PTAの取組」(PTA個人情報保護方針 等)
学校とPTAの間で個人情報をやり取りする際の考え方と、PTA側の個人情報保護方針を示した事例(PDF)。
URL:https://www.city.fuchu.tokyo.jp/kosodate/kyoiku/gakko/sho/siryo/minamishirai/file1364638267.files/ptakojohoshiryo.pdf
[11] 個人情報保護委員会「個人情報保護制度について(法令・ガイドライン等の総合案内)」
個人情報保護法、ガイドライン、Q&A等への総合入口となる公式ページ。
URL:https://www.ppc.go.jp/personalinfo/
[12] 町田市「情報公開と地方公務員法第34条(守秘義務)に関する解説」
地方公務員法第34条(秘密を守る義務)の内容と、情報公開制度との関係を解説した資料(PDF)。
URL:https://www.city.machida.tokyo.jp/shisei/koukai/singikai/2025-01singikai.files/20250519-kaisetu.pdf
[13] 新潟県「公立大学法人新潟県立大学 会計規則等の運用に関する監査(保護者会名義の通帳取扱いの指摘)」
保護者会(任意団体)の資金を大学が預り金として扱うことの問題点と、会計規則上の位置付けを整理した監査結果(PDF)。
URL:https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/53315.pdf
[14] 個人情報保護委員会「個人情報保護法ガイドライン・Q&A等一覧(法令・ガイドライン等)」
通則編・行政機関等編・独立行政法人等編など各種ガイドライン・Q&Aへの一覧ページ([2][3][4][9]の総元になるページ)。
URL:https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/
[15] 文部科学省「PTA等学校関係団体が実施する事業に係る兼職兼業等の取扱い及び学校における会計処理の適正化について」
教職員の兼職・兼業と、学校関係団体(PTA等)が関わる会計処理を整理し、学校と任意団体の関係・線引きを示した調査結果。
URL:https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/jinji/1329576.htm