令和7年(2025年) 月 日
〇〇市教育委員会 御中
PTA適正化推進委員会
代表 佐藤 大
現在、多くの公立学校において、PTA入会申込書等による加入意思の確認を行わないまま、PTA会費を給食費・教材費等の「学校徴収金」と抱き合わせで学校が一括徴収している実務が広く見られます。
さらに、一部自治体では、PTA会費を「団体徴収金」「準公金」等として学校預り金会計や準公金取扱要綱の枠内で扱うことを前提とするマニュアルが整備され、「PTAからの委任があれば適法」といった理解のもとで運用が続けられています。[5]
しかし、PTAは任意加入の私的団体であり、学校とは別団体であること[1][2]、また保護者から徴収する学校徴収金(学校預り金)とは性質を異にする会計であることから、
憲法21条の結社の自由(加入しない自由)
個人情報保護法(地方公共団体等に関する第5章)に基づく目的外利用・第三者提供の禁止
地方財政法・地方自治法に基づく公金・準公金と私金の区分
教員・事務職員の職務専念義務(地公法35条)[6]
等の観点から、現行の「学校によるPTA会費の抱き合わせ収納」は、重大な違法・不当の疑いが強いと考えます。
文部科学省および中央教育審議会は、学校給食費や教材費・修学旅行費等の学校徴収金についてさえ、「基本的には学校・教師の本来的な業務ではなく、地方公共団体が担っていくべき」「学校以外が担うべき業務」であると整理し、公会計化や自治体による徴収・管理を推進しています。[3][4] その趣旨に照らせば、学校教育活動に直接必要な経費ですら学校から切り離す方向で制度整備が進んでいる中、私的団体であるPTA会費を学校が抱き合わせで徴収し続けることは、なおさら正当化が困難です。
本申入書では、典型的な運用例を示した上で法的整理を行い、貴教育委員会として「学校徴収金とPTA会費の抱き合わせ収納をやめさせる」方向での方針明確化と具体的措置を要望するものです。
実務上、全国の学校で以下のような「PTA会費の徴収業務を校長に委任する」文書が用いられています。貴管内でも、同趣旨の書式・運用が存在する可能性が高いと考えられます。
〇〇市立△△小学校長 殿
△△小学校PTA
会長 〇〇〇〇
令和◯年度のPTA会計に関する業務の委任について
令和◯年度のPTA会費の徴収については、△△小学校が徴収する給食費及び教材費等の学校徴収金と同時に徴収すること、また、その会計業務を下記により委任しますので、よろしくお願いします。
記
1 金額 年間 ○○円
2 徴収方法 月額○○円×○か月 等
3 留意事項 PTA未加入の家庭には配慮をお願いします。
このような委任状に基づき、保護者から見れば「すべて学校からの請求」としか認識できない形で、給食費・教材費とPTA会費が一括口座振替・一括集金されている事例が多数報告されています。
上記委任状の運用とセットで、入学時にPTA入会申込書を配布せず、「入学すれば当然にPTA会員」「辞退の窓口もない」まま全世帯から会費を徴収している学校が少なくありません。
近年、国会答弁や自治体の公式回答において、PTAへの加入・退会は保護者の自由であり、加入を義務付ける法的根拠は存在しないことが繰り返し確認されています。[2] それにもかかわらず、学校が徴収窓口となり、PTA会費を学校徴収金と同じ請求書・同じ口座振替で無差別に徴収する運用は、実質的に「みなし加入」「強制加入」と評価せざるを得ません。
上記の運用では、
「保護者 → 校長」:給食費・教材費等の学校徴収金についての包括的な信託・委任
「PTA → 校長」:PTA会費徴収・会計についての委任状
という二重の委任構造の下で、どこまでが公的な「学校徴収金」、どこからが私的団体であるPTAの会費なのかが保護者にとって極めて不透明になっています。
この構造は、
会計区分(公金/準公金/私金)の混乱
PTA会費の使途に関する説明責任・監査責任の所在不明確化
未加入世帯・退会希望者への不利益取扱い(支払い拒否=学校との関係悪化の不安)
等、多数の問題を内包しています。
PTAは、社会教育法上の社会教育関係団体として位置づけられる、学校とは別個の任意団体と理解されています(いわゆるPTAは法律に明文規定はないものの、行政実務上このように整理されています)。[1]
2023年3月3日の参議院予算委員会で、岸田内閣総理大臣および永岡文部科学大臣は、PTAの入退会について「保護者の自由」であることを明確に答弁しています。また、浜田聡参議院議員の質問主意書に対する政府答弁書では、「PTAへの加入を保護者に義務付ける法的根拠はなく、強制だと思い込んで加入した場合には民法上の錯誤の問題を生じ得る」との趣旨が示されています。[2]
したがって、PTA会費の徴収は、本来PTA自らが、加入の自由・退会の自由を前提とした契約関係に基づいて行うべき私的な行為であり、学校が当然に担うべき公務ではありません。
学校徴収金(学校預り金)は、教育活動に必要な経費のうち、公費以外の部分を保護者から徴収し、児童生徒に直接還元するために校長が包括的に信託を受けた私費会計と理解されています。[3][4]
一方、PTA会費は、PTAという独立した団体の運営費であり、団体内部の意思決定に基づいて使途が決まる会計です。PTA会議の旅費・茶菓・研修費、PTA役員の活動経費・上部団体拠出金など、児童生徒への直接還元とは言いがたい支出も多数含まれます。
文部科学省中央教育審議会の「働き方改革」答申およびそれを受けた各種通知は、学校給食費や教材費・修学旅行費等の学校徴収金についてでさえ、「学校・教師の本来的な業務ではなく、地方公共団体が担っていくべき業務」であるとして、公会計化や自治体による徴収・管理への移行を求めています。[3][4]
このように、学校徴収金(学校預り金)とPTA会費は、本来、会計主体も使途決定権も異なる別個の会計であり、これを「抱き合わせ徴収」「準公金として一括処理」すること自体が、会計区分の観点から重大なリスクを生じさせています。
地方財政法および地方自治法の原則から、地方公共団体の会計(公金)は、その目的・権限に基づき予算に計上された収入支出に限って取り扱うべきであり、地方公共団体の経費以外の目的で公金を支出することはできません。
実務上、学校は公費のほか、保護者から預かった学校徴収金・団体徴収金等の「準公金」を取り扱うことが許容されてきましたが、その趣旨はあくまで、
児童生徒に直接還元される学校教育活動に必要な費用
生徒会費・部活動費など、学校と密接不可分な活動
に限って、例外的に学校が出納事務を担うことを認めるものです。[3][4]
PTA会費は、学校教育活動そのものの費用ではなく、私的団体であるPTAの会費であり、本来は学校会計から切り離された私的会計です。これを学校徴収金と同列に扱い、学校預り金・準公金と混在させることは、公金・準公金と私金の区分をあいまいにし、会計検査・外部監査においても強い指摘を招き得る状態といえます。
さらに、PTA会費の収納・会計処理を教員や事務職員が勤務時間中に行うことは、PTA会計という「本来の職務に関わるもの以外の業務」に従事させるものであり、地方公務員法35条の職務専念義務違反の問題を生じ得ることが、労働組合と文部科学省の交渉記録においても確認されています。[6]
PTA会費を学校徴収金と抱き合わせで集金するためには、
児童・保護者名
口座振替情報
学年学級等の在籍情報
を用いて、PTA会費の請求・収納状況を把握・管理する必要があります。
これは、学校が保有する児童・保護者情報を、本来の教育行政事務とは異なる「私的団体の会費徴収」という目的のために利用し、場合によってはPTAに提供する行為です。
愛知県刈谷市は公式見解として、
PTAは任意加入の社会教育関係団体であること
学校が保管している保護者等の情報をPTAに提供することはなく、必要な情報はPTAが自ら収集すべきこと
を明示しており、学校からPTAへの保護者情報提供を行わない方針を示しています。[1] これは、個人情報保護法上の第三者提供・目的外利用の禁止を踏まえた適切な対応例と評価できます。
PTA入会申込書もなく、「学校徴収金の一部にPTA会費が含まれている」と説明されないまま一括引落とされる現状は、個人情報保護法上の同意要件・利用目的の特定義務・第三者提供規律に照らし、到底容認し得ないものと考えます。
山梨県や川崎市など、一部の自治体では、PTA会費を授業料等と同じ口座振替で一括収納する実務を前提とする手引き・要綱が作成され、「PTAから委任を受けた学校が会費収納事務を行う」ことを認める規定が置かれています。[5]
また、全国PTA連絡協議会の「PTA事務の学校委託」等の資料は、PTA会費収納等の事務を学校に委託する場合の留意点として、
PTA会計が学校預り金等と混在しないよう会計区分を明確にすること
委託はあくまでPTAの私的会計事務であること
などを示していますが、同時に「PTA事務の学校委託」が広く行われている実態を伺わせるものでもあります。[5]
しかし、自治体要綱やPTA側のマニュアルは、地方財政法・地方自治法・個人情報保護法等の上位法令を変更することはできません。上位法令に根拠のない「私的団体の運営費の徴収・管理」を学校に恒常的な公務として負わせることは、公金・準公金の取扱いの趣旨から逸脱し、また教職員の職務専念義務・個人情報保護の観点からも極めて問題が大きいと言わざるを得ません。
「PTA → 校長への委任状」が存在しても、「保護者 → 校長(学校徴収金)」という別の委任との二重構造のもとで、保護者の側からは何がPTA会費なのか認識し得ない状態が続く以上、その違法性・不当性が消えるものではありません。
以上の整理を踏まえ、貴教育委員会に対し、次の措置を求めます。
貴教育委員会として、少なくとも次の点を内容とする基本方針を明確化し、校長宛通知および保護者向け周知文書の形で公表されることを要望します。
PTAは任意加入の私的団体であり、学校とは別組織であること[1][2]
PTAへの加入・退会は保護者の自由であり、入会申込書等による意思確認なく一律加入扱いとすることは認められないこと[2]
学校徴収金(学校預り金)は児童生徒への直接還元を目的とする私費会計であり、PTA会費とは性質が異なること[3][4]
PTA会費は原則としてPTA自らが徴収・管理すべきであり、学校が給食費・教材費等と抱き合わせで一括徴収することは認めないこと
貴管内全学校について、
PTA会費が給食費・教材費等の学校徴収金と一括して請求・引落しされていないか
PTA入会申込書等による加入意思確認が適切に行われているか
PTAから校長への委任状に基づく会費収納事務が行われていないか
を点検し、その結果を教育委員会として把握してください。
その上で、次年度からは原則として「PTA会費の学校による収納(抱き合わせ収納を含む)」を廃止し、PTA自らが徴収・管理する方式に改めるよう、各校に指示されることを求めます。
どうしても経過措置が必要な場合であっても、少なくとも次の点を義務付けるべきです。
PTA入会申込書に「学校を通じた会費徴収への同意」欄を設け、同意した会員のみを対象とすること
PTA会費を学校徴収金の請求書・通知書上で明確に区分し、非会員には請求しないこと
徴収後の資金は速やかにPTA口座に振替え、学校預り金・準公金会計とは明確に切り離すこと
貴教育委員会が制定している、
学校徴収金取扱要綱・取扱要領・マニュアル
準公金取扱要綱
PTA会費の取扱いに関する要綱・通知
等について、PTA会費を学校徴収金や団体徴収金として一括管理することを前提とした規定がないかを点検してください。
もしそのような規定が存在する場合は、
PTA会費は原則として学校預り金・準公金の枠外で、PTA自身が管理すること
やむを得ず学校が収納事務に関与する場合でも、あくまでPTAの私費会計であることを明記し、会計区分と個人情報保護のルールを徹底すること
を明文化する方向で、速やかな改正を行ってください。
あわせて、教員の職務専念義務・兼職許可の観点からも、PTA会費徴収・会計事務を教職員の無報酬の「当然業務」と位置づけないことを明記すべきです。[3][4][6]
PTAは、本来、保護者と教職員が自主的に協力し合うことで子どもたちの成長を支える、尊重されるべき存在です。しかしその前提として、
任意加入の原則が実質的に保障されていること
学校とPTAの「公」と「私」が明確に区分されていること
保護者の個人情報が、法令に基づき適切に取り扱われていること
が欠かせません。
現在のように、PTA会費を入会申込書もなく学校徴収金と抱き合わせで徴収する運用は、これらの条件を根底から揺るがし、将来的には住民監査請求・訴訟・包括外部監査での指摘等、教育委員会・学校双方に重大な法的リスクをもたらすおそれがあります。
貴教育委員会におかれましては、本申入書の趣旨をご理解の上、貴管内の公立学校におけるPTA会費の取扱いを全面的に点検し、「学校徴収金とPTA会費の抱き合わせ収納」を段階的に廃止する方向での制度整備をご検討くださるよう、強く要望いたします。
ご多忙の折とは存じますが、本件についての貴委員会としてのご見解および今後の対応方針を、文書にてご教示いただければ幸いです。
以上
[1] 刈谷市教育委員会「PTAについて」
PTAは任意加入の社会教育関係団体であり、学校とは別組織であること、PTAへの加入・未加入が児童の扱いに影響しないこと、学校が保管する保護者情報をPTAに提供しないこと等を明記。
https://www.city.kariya.lg.jp/kosodatenavi/1014910/1011895/1016363.html
[2] 一般社団法人 全国PTA連絡協議会「任意加入に関する国や行政の対応」
2023年3月3日の参議院予算委員会における首相・文科相答弁および浜田聡参議院議員の質問主意書・政府答弁書を整理し、PTAは任意団体であり、保護者の入退会は自由とする政府見解等を紹介。
https://zen-p.net/ts/s561.html
[3] 文部科学省中央教育審議会
「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)」(平成31年1月25日)
学校給食費・教材費・修学旅行費等の学校徴収金について、未納督促を含む徴収・管理は「学校以外が担うべき業務」であり、地方公共団体が担うべきと整理。
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/041/siryo/attach/1417145.htm
[4] 文部科学省 関連通知等
ア)「学校給食費の徴収に関する公会計化等の推進について」(文科初第561号、2019年7月31日付通知)の概要
https://www.snfoods.co.jp/knowledge/column/detail/13089
イ)「学校徴収金の公会計化等の取組の一層の推進について」(2025年4月30日付通知等を紹介する資料)
https://www.mext.go.jp/content/20250616-mxt_zaimu-100002245_2.pdf
[5] 一般社団法人 全国PTA連絡協議会「PTA事務の学校委託」
PTA会費収納等の事務を学校に委託する場合の留意点として、会計区分の明確化や委託業務がPTAの私費会計であることを強調するとともに、学校委託の実態を紹介。
https://zen-p.net/sp/p301.html
[6] 自治労「2013 政府予算要求第1次中央行動(2012/7/18) 文部科学省交渉記録」
PTA会計により学校運営に係る経費が支出されている実態および、事務職員がその会計処理にあたっていることについての質疑に対し、文部科学省担当者が「事務職員の本来の職務に関わるもの以外の業務について勤務時間中に行うことは、地方公務員法第35条違反となるので注意いただきたい」と回答したことが記録されている資料。
https://acrobat.adobe.com/id/urn:aaid:sc:AP:e534d4eb-906d-4abf-9f5b-4b20728c261f